02日 10月 2019
新たな価値をとか。 革命を起こすとか。 未来において非常に輝かしい言葉が並ぶ時代です。 弊社はこう考えます。 人間の暮らしの中に文化があり、その文化の中にニーズがあります。 技術はあくまでそのニーズの中で発揮するものであり、決して独りよがりのシーズを行っても世の中に受け入れられません。 目的「Purpose」を見失う開発は必ず失敗します。 目的に一番最適なものだけが次の時代に残るものとなります。 ではデジタル時代がこれほど進化した現代において、次の目的は何なのでしょうか。 それは人間の暮らし、文化にマッチしてるでしょうか。 時代の流れを読むとは、こういったことを考え、新しい価値を生み出すものだけが出来ることなのかもしれません。 われわれはこの冬のイベントにてその解を自問自答すべく未来に挑戦いたします。 紺野 5代目
01日 10月 2019
今週末、横浜_三渓園にて開催されます。ご興味の方足を運んでみてください。

30日 9月 2019
お客様みなさま お世話になっております。 紺野機業場でございます。 平素より弊社の生地をご利用いただきありがとうございます。 2019年10月01日より、消費税率が10%に引き上げられることになりました。 それによって弊社では、 10月1日からの出荷およびご請求分より、すべての商品におきまして消費税率10%を適用させて頂きます。 ご不明な点等ございましたら、弊社WEBサイトもしくは担当へお問合せくださいますようお願いいたします。 今後とも変わらぬご愛顧を賜わりますようお願い申し上げます。 紺野機業場
05日 9月 2019
踏み切りに製糸と名がつくくらいの場所で昔は製糸業を盛んに行っていた碓氷製糸。 日本は農業国として自然とともに自然の恵みをいただきながら生活してきたのが伺える。 今や工業大国としてさまざまな問題を解決しながらも、またさまざまな問題を引き起こしながら時代を歩んでいる。 繊維業、特に織物に関しては時が止まったかのように、昔の技術に後戻りしているような気がしないわけでない。 次の10年がどのような時代となるのか。 過去がすべて消えてしまう時代となってしまうかは、これからのわれわれの歩みに委ねられている。

08日 8月 2019
誠に勝手ながら弊社は8月11日(日)~18日(日)の期間、お盆休みを取らせていただきます。 お盆は提灯の季節です。 みなさま、日本人のこころを思い出し、お盆の風習を大切にぜひ提灯を飾ってください。 有限会社 紺野機業場
30日 5月 2019
今回は私が感じる風習による生活の変化を記載します。日本の工芸と呼ばれるものは芸術にも通ずるものはあれど、風習や文化からくるものだと感じます。日本の気候や風土にあった暮らしの中で育んできたものそれが伝統工芸と呼ばれるものなのでしょう。過去には神の子とされる天皇に上納するための各地の工芸が京都に集まり。京都は伝統産業のメッカとして今もなおその存在を残しているわけですが、その京都から文化が崩れているのも確かと感じています。 何よりも海外からの文化も入り混じり、日本は文化のダイバーシティ化が著しく、100円のもので済ます人もいれば、1万円のものを大切に使う人もいます。 さあ、ここからの世の中はどのように変化するのでしょうか。 材料費は高騰の一途。そして廃棄問題。サスティナビリティを命題としてリサイクル推進の中、どのような時代を迎えるでしょうか。 大量生産大量消費をストップすれば経済は崩れます。何が残って何が消えるか。わかりづらい世の中になりつつあります。 しかしひとつだけ決してなくならないし、なくせないものがあるとすれば、それは水かもしれません。 水は生命の源。今年も雨が少なく恐ろしい。

18日 4月 2019
紺野機業場は誠に勝手ながら4月28日~5月6日までGWのお休みをいただきます。令和元年のスタートは5月7日からとなりますので何卒よろしくお願い申し上げます。
15日 4月 2019
伊藤若冲に思う歴史と現代との差分。 100年も昔の技術である京都の美が若冲を通して感じられます。 われわれはどうしても絹本を見てしまいますが、その当時の技術であれほど綺麗に製糸が出来たのか。 そして、製織するためにどうやって竹筬や糸製の綜絖を使ってやったのか。誰がこのような緻密な織物を織ったのかなど、その後の加工までいろいろ興味深いものを感じました。 そして何より、絹に鉱物を使って表現する色の技術など京都でなければやり方すらも知らないことを若冲を通して感じました。 絵師なので観察力や繊細な筆使いもさることながらそのバックボーンに潜む時代の技術を学ぶのでした

12日 3月 2019
一方、川俣では原発の問題が大きくクローズアップされます。 放射能の問題から廃業をよぎる状態へとなります。 会社は当然創業ストップ。 4代目はスタッフには逃げれるものは皆逃げなさいと伝え、抱えていたあるだけの在庫はすべてお客様の協力で生産ストップによって業界に迷惑がかからぬように速やかに配送するのでした。 そうです。4代目。ここが紺野の終着駅だったかと覚悟したのでした。 みな。 そのときは。 しかし、お客様は紺野を見放すことはしなかった。 スタッフも戻ってきた。 それこそが5代目が戻ってくる一番の要因かもしれません。 紺野でしか作れないシルクが世の中に必要とされ、スタッフが逃げなかったということこそが今現在にいたるのかもしれません。 あれから8年。大きな決断や大きな進路変更。大きな別れそして大きな一歩を踏み出す分かれ道となったことは間違いございません。 まだまだ、復興とはいえません。 さよならしたお客様もおりますし、新たに紺野のファンとなっていただいたお客様もございます。 これからの課題はまだまだありますが、未来に向けて一歩一歩また新たに踏み出していこうと誓った3.11でした
12日 3月 2019
それから1ヶ月。 そうです。被災生活がスタートするわけなのです。 トイレのために川から水を汲み。 昼間は食材を求め並び、 夜は余震におびえながらラジオとあのとぅるんとぅるんの音に目を覚ますのでした。 ちょうど、2週間ほど過ぎたころでしょうか。 ACジャパンのCMが頭をずっと駆け巡り、ようやく携帯電話を使用できるようになっていろんな友人と連絡を取り合ったのは、 もちろん、浜の近くにいた人間の悲劇や訃報、頭がおかしくなって遺体を拾ってくるやつから。 いろんな状況が少しずつ被災地にも明らかになってきました。 まさか、自分は津波まで味わうことはなかったけど、こんな惨事が待ち受けてたとは全く知らなかったのです。 泣くことなどできないのです。 やり場もないのです。 ただ、そこに地震と津波がやってきたという現実をただただ受け入れるしかないというむごい。 知り合いの気持ちは全くもって私には計り知れず 代弁することも出来ないのでした。

さらに表示する